ミャンマー(ビルマ)




アウンサンスーチー氏の側近が次期大統領に選出されたニュースを見た。
彼女自身は、その大統領の上に立つという。
隔世の感がある。

唐突だが、6年半前の日記を載せようと思う。
書いたはいいが、諸事情によりブログへ載せられなかったものだ。

当時のミャンマー(ビルマ)では、軍事政権による民主化勢力への弾圧が続いていた。



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その日、結審することになっていた。

ミャンマー(ビルマ)の最大都市ヤンゴン(ラングーン)。
アウンサンスーチー氏の裁判が行われていた刑務所の前。
彼女の支持派200人位と治安部隊が入り乱れていた。
外国人立ち入り禁止区域で検問を越えた場所でもあったのだが、そこで私は捕まった。

アウンサンスーチー氏支持派を撮影をしていた諜報部員達に見つかったのだ。
彼らは、4階建てビルの最上階から三脚付きカメラを10台くらい使って撮影していた。
その映像をもとにアウンサンスーチー氏支持派を特定し、政治犯収容所へ連行することなどが彼らの仕事だ。

彼らによる私への尋問が始まった。
同時にテレビ局や新聞社など多くの国営メディアによる囲み取材も。
国営メディアというのは結局、軍事政権の広報担当みたいなものなのだが。

尋問と取材が同時だったので、プライバシーの尊重など皆無だった。
持ち物を全て床に並べられ、10人以上の記者達が我先にとそれを撮影する。
質問は、名前、ここ(刑務所前)にいる理由、ホテル名、部屋ナンバー、出国便名、
日本での住所、電話番号、職業、親の名前、出身大学名、学部名、カメラのメーカー、
レンズの焦点距離など。
質問の間も、メディアによるカメラやビデオでの撮影は絶え間なく続く。
もちろん私のカメラの撮影データも全てチェックされた。

数時間後、現場を離れることができ、現地の警察署に連行され、調書作成。
文書を残すことになったので、発言や文章の確認には気を使った。
あとで自分を不利な状況に追い込むことは避けなければならない。
ここでもカメラのデータチェックがあった。

そして3,4時間位たった後、釈放された。
自分がいた場所、捕まったタイミング、持ち物(カメラ等)からして
今回の拘束が短時間ですんだのは、大げさでもなく奇跡だったと思う。
少なからず海外でトラブルを経験してきたので、それなりに交渉力や演技力はあると思うが、
2度目はないだろうな。ミャンマー(ビルマ)はそんなに甘くない。

ホテルに帰り、部屋のドアを開けると、足元に二通の手紙が落ちていた。
外出中にドアの下から入れられたらしい。中身を見ると二通とも同じ内容で
「日本大使館から連絡があったので、すぐに連絡してください」と英語で書いてあった。
大使館に電話すると、安否確認と同時に、拘束状況の詳細を聞きたいということであった。その時に、
「小尾さんがミャンマー政府に拘束されたことは日経新聞が把握しており、
アウンサンスーチー氏との絡みから興味を持っているようです。記事になる可能性があります」
という話もあった。

また「ミャンマー入管の局長から先ほど連絡があり、明日(夜に出国予定)は
できるだけホテルから外出せず、何も問題なければ出国を許可するとのことです」
とも言われた。
「何も問題なければ」ということは、問題があれば出国させないということ。
インターネットでの検索も当然するだろうから自分のブログを削除した。
都合の悪い文章を載せていたからだ。
ジャーナリスト保護委員会(CPJ)が発表したブロガー危険度ランキングでも、
ミャンマー(ビルマ)がワースト1位。
昨年のサイクロン被害状況をブログで世界に発信した現地ブロガーは懲役59年とか。
(ちなみに北朝鮮は「ブロガー」が存在しないのでランキング対象外)

結局、日経新聞の記事にはならなかったようだ。
短時間で拘束を終わらせられたことが功を奏したと思う。
大使館職員から日経記者に対して記事にしないよういろいろ言ってもらったというのもあるので、
大使館職員にはとても感謝している。確か渋谷さんという女性だった。

まあ日経の記者も私なんかを記事にするくらいなら、
ぜひ自分の目でミャンマー(ビルマ)の実態を見て欲しいと思ったが、
ジャーナリストの入国は徹底的に許可しないのでしかたないのだろう。
フリーのジャーナリストが職業の虚偽申告をして観光ビザで入る抜け道もある。
2年前に反政府デモを取材中、軍兵士に殺害された長井健二さんもそのパターンだ。
ただその抜け道を使ったせいもあり、ミャンマー政府は彼の殺害について一切謝罪をしなかったし、
「彼は観光ビザで入国したのに取材活動を行っていた」と逆に非難される材料を与えてしまった。

結局、どの海外メディアも基本的に現地人通信員を通じて内情を知る状況になっている。
(今回の私の拘束情報も、日経新聞は現地の通信員から入手している)
確かジャーナリスト保護委員会の「報道の自由度」ランキングでは、
ミャンマー(ビルマ)は北朝鮮に続いてワースト2位だった。

そういえば冒頭のアウンサンスーチー氏支持派と治安部隊が入り乱れていた現場なのだが、
前述の理由などから当然なのだろうけど、海外メディアは一切いなかった。
ニュースバリューはある現場なので、海外メディアがいない光景はやはり異様だなと感じた。
世界には、こういう風に政府やテロリストなどにより隠蔽されて知らされない現実が無数にあるのだろう。




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6年半前の日記はここまで。
今でも全て書けるわけではないので、なぜ私が現場にいたのか、
どのように検問を越えて現場へ行ったのかなど省略している部分はある。
あと諜報部員達を説得するために話した内容も書いてない。
帰国後に毎日新聞が好意的な記事を載せてくれて、
その時の取材ではこの辺りのことも答えたのだが、記事には書かれなかった。
その後もミャンマー(ビルマ)を訪れる私に配慮してくれたのだと思う。


ちなみに ↓ の写真は、私が当時拘束された4階建てのビル。
1年ほど前に訪れた時に撮影した。



c0200029_0121827.jpg





あと、↓ は同じく1年ほど前に撮った写真なのだが、
アウンサンスーチー氏が党首を務める政党(NLD)の本部で
彼女のグッズが土産として売られているのを見ると時の流れを感じる。
民主化される前は、町中で現地の人達と話している時に「アウンサンスーチー」という言葉を出すのも止められた。
いたるところに私服警官や密告者がいたからだ。
現地の人の場合、民主化勢力と疑われるだけで人生を左右することさえあったのだ。





c0200029_0124513.jpg







もちろん今も完全な民主化がなされたわけではないし、
今まで軍事政権が強権的に押さえつけていた少数民族の要求にどう対応するのかなど
課題はまだまだ多い。
それでも私がミャンマー(ビルマ)を訪れ始めた頃の全く光が見えない時代からすると
大きく前進した。

↓ は、1年ほど前に撮った子供たちの写真。







c0200029_20585629.jpg







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by photosdiary | 2016-03-17 00:52


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